夕暮れの穏やかな陽の光が、お屋敷に差し込む頃。雪が降るフスベでは、すでに灰色に暗かった。そうすると、フスベの里の家々からは煙が立ちのぼる。寒さに負けないよう、一斉に台所やお風呂場で皆が火を焚くからだ。
まるで、狼煙のように見える光景はなかなかだ。木の焦げる匂いで、フスベは目を覚まし、眠りにつく。煙が上がっているのを、真夜中に見つけると、あぁ、故郷にいるのだと心の底から安心する。
それに、木の焦げる匂いに惑わされるのか、夕暮れの飯時になると、フスベのお屋敷にはときおりコラッタたちが紛れ込んでしまう。
特に冬の時期には注意しないといけない。暖を取りに来たのかご飯を探しに来たのか、屋根裏や床下、酷い時には和室の中でさえ、バリバリ音を立てながら板や畳を食べてしまうのだから、見つけたらすぐに外にほおり出すこと、とキツく言われている。
そうしないと、冬の蓄えである、貯蔵庫の野菜や米、すべて食われてしまうとのことだから。
「困ったわ……どこに行ったのかしら」
台所で火を沸かしていたとき、その薄紫色の体毛がホコリを被りながら床を横切る姿を見たものだから、大騒ぎだった。
女中の一人にコラッタがとてつもなく苦手なものがいて、お屋敷中響き渡るような金切り声を上げた挙句、腰を抜かしてしまった。わんわんと泣きわめく彼女の代わりに、今こうして私がそのコラッタを追いかけているだけれども、なんともすばしっこい。
あちらこちらとお屋敷を走り回ったけれども、すぐに姿を消してしまった。
「外に出ていればいいのだけれど」
ポケモン寄せの匂い玉でも用意した方がいいかしらね、とため息を漏らし、踵を返そうとすると。
『き……のか……だ』
声が聞こえて、思わず止まる。すぐ横の襖越しだった。
(誰かしら)
数センチだけ襖を横に滑らせれば、畳部屋に伸びている二つ分の影だけが見えた。
『雪がだいぶ強まってきたな』
この、お声は。
『どうかな、今の気分は』
さらに続けて聞こえてきたのは、別の男の方のお声だったものだから、心臓がギュ、と絞られたように痛い。まさか、まさか、と、心臓がますます鼓動を早める。
顔を覗かせた。垣間見ると、畳部屋を越した縁側で、ツワブキ様が正座で座ってらっしゃる背中だけが見えた。
心がはやる。さらに襖を横にずらした。
隣には。
『……きみと一緒さ。おそらくね』
あぁ、やはり。ワタル様だった。
足を崩して座ってらっしゃる。ガラス戸越しに、二人は庭にさんさんと降りつもる雪を見ていた。
ツワブキ様は、そのお言葉を聞いてワタル様を見た。目をパチパチさせる。
『ワタルが? ボクと?』
『……おかしいか?』
ツワブキ様はワタル様に向けていた目を、縁側の外へ。ガラス戸が少し曇った。ツワブキ様が、ため息を漏らしたから。
『……いや、だって』
外の中庭はすっかり真っ白だった。二人がいる縁側も灰色に暗かった。二人重なる影も濃い。
『きみは、慣れているだろうから』
ワタル様は、ふ、っと笑う。喉を鳴らして。
『あたたかくしてやろうか』
そう言って外の景色に顔を向けると、もう一度ツワブキ様はその横顔を見た。少し、目を見開いて。
そして、笑う。愛おしげに、口角をゆるりと上げて。
『ひどい冗談を』
ツワブキ様が何かを手に取る。ワタル様とツワブキ様の間には、あの畳紙があった。
暗がりが濃くて最初はわからなかったけれども、目が慣れていってやっと気づいた。
はらりと崩れた花びらのように。畳紙から床にかけて、札が沢山散りばめられていた。
牡丹に、盃に。月に梅に。青藤に。他にも、様々な模様が縁側に落ちている。
花札だった。
手に持っていた花札をツワブキ様が下に落とす。ワタル様はその手を目線で追いかけた。
『どうしても……ダメかい』
ドキッとした。ワタル様が急に声色を変えて、ツワブキ様が縁側に置かれた左手に、そ、っと、手を重ねたものだから。
なんといっても、その目線。
(あのときと、一緒)
それは二人が目と目を交わしたとき、ドロリと瞳の奥で何かを溶かしているような目線。
ツワブキ様は、ふふ、と笑みを零し、手のひらを返すとぎゅ、と握りしめる。親指で手の甲を撫でて、愛おしげに。
『ワタル。……きみはね、納得しないだろうから。それだけは分かるな』
その手をじ、と見下ろして、眉間に皺を寄せる。笑っている面を上げて、
『だとしても、もう、そろそろ、』
ふ、と何かを諦めたかのように唇が歪んで、
『待ちくたびれたよ』
そっ、と。解いた手でツワブキ様がワタル様の頬に触れる。袖が二人の顔を覆い隠したけれども。そのまま、二人の顔と顔は次第に距離を縮めて。
二人は。
