ガバッと起き上がった。座ってワタルに向きなおる。
「どうして?」
「きみが、……」
「ワタル?」
頬に触れて、こちらに向かせる。また、眉間のシワが深くなっていた。だらりとシーツに垂れていた手を握ると、ワタルが目で訴えて、言葉でも訴える。鋭い視線は、ボクを咎めるというよりは、自分を律したような目だった。
「きみ。我慢しているだろ」
ぎゅ、と、手を深く握り返してくる。
「辛いのか。痛いのか。……それとも、なにか別のことを抱えているのか」
「ちょ、っと待って。さっきの反応を見て、なんでそう思ったの?」
少し躊躇って。
「嫌がっているように見えた」
そう言ったきみの横顔は、たまらなく悲しそうに見えた。いや、悲しそうというよりかは、悔しそうな。
ワタルのその顔を見て戸惑いなんて吹っ飛ぶ。すかさず彼の手をボクもギュ、と握り直した。
「わかったよ。……わかった……ちゃんと、言うから」
おずおずと。
「……ものたりな、くて」
言葉に出すと、やはり恥ずかしい。熱がカッ、と頭のてっぺんにのぼってきて今すぐにでもシーツを被って寝てしまいたくなる。
でも、一度吐き出した言葉はどうやったって、空気に溶け込んだとしても彼は聞き逃さない。
聞き逃さない、ってことはにげられない、ってことだ。
「不満だったのか?」
「違う、というか……なんか、ちょっと、……」
ムズムズする。どういえばいいんだろう。耳の後ろがむず痒くて手を動かそうとする。
「……ダイゴ。話を折るのはあまり好かないが、」
動かそうとする、というのも。動かせなかったからだ。
「手……?」
あれ。なんか、おかしい。
「ッ……、う」
両手を勢いよく起こそうとした。でも、グッグッ、とワタルがシーツに縛り付けて、それを許さない。すごい力で押さえつけてくる。
「ぁ、まって」
どうして離してくれないの。と、聞く言葉を飲み込んだ。全身鳥肌が立ってしまうほど、背骨からうなじにかけて羽毛のハケで撫でられたようなくすぐったさが襲いかかってきて、ソワソワした。
やだ。すごく、痒い。いたい。我慢できない。
かゆい、むず痒い。掻きたい。掻きむしりたい。
「ッ……手を、放して……痒くて」
首がね、と言おうとしたのを、ワタルが手に力を込めて遮る。
「ダメだ。かなり首、赤くなってる」
え、と思った。ダメ。赤い。理由も聞かずにどうして首が痒いって分かったんだろう。
瞬きを繰り返すと、ワタルがため息をついた。
「やっぱり。気づいてなかったのか」
「もしかして、……ずっと?」
そう聞くと、ワタルが頷いた。ワタルが片方の手を離すと、優しく首筋に触れる。ピリ、とした痛みが走った。
「してるとき、いつも首を引っ掻いていた。キスマークで隠せるのも限界なんだよ」
「なッ……」
バッ、と顔を背けた。肩が視界に入った。キスマークだらけ。太もも、鎖骨、きっと、胸元も、ぜんぶ、赤い痕がついている。その理由を今になって知って暴れたくなった。き、きみって人は……。
「……いじらしいね。きみは」
「んッ……」
手をひとまとめにされて片手で縛られる。もう片手は頬を触って、滑って、うなじを撫でてきた。
「アッ……!」
びく、と腰が揺れた。引っ掻いた傷は確かにそこにあると、教え込むような触り方。手荒からほどよく離れた探り方に痺れる。舌が、びりびりと。目がじわじわと。
じくりじくりと、痛いはずなのに、ワタルに触れられると、その皮膚のザラザラしている硬さとか、ぬくもりとか、伝わって、痛みというよりかはどちらかというと気持ちよくて、思わず目を閉じてしまった。
それに気づいたのか、ワタルが息をついた。手は止めずにするすると輪を描くように撫でながら。
「セックスに集中できないのはそれが原因か……」
「あ、……手を、止めて」
「そういえば、きみはいつもなにかと首につけていたね」
「と、とめて、って……ば…………ッ……」
ちゅ、と今度は喉仏にキスされる。きもちいい。もっとしてほしくて、本音をワタルにいいたいけど恥ずかしさが勝って、口を閉じる。
「ッ……ぅ、……はな、して……」
そっか。そうかぁ……。どこか注意が散漫になってしまう原因はそこにあったのか。
ワタルには申し訳ないことをさせてしまった。身を重ねた回数はもう数えられないほどの関係になったボクたちだけど、そのたびに、ワタルにはどこか遠慮をさせてしまったのかもしれない。
ワタルが手をほどいた。彼が触った部分が、まだ熱い。きもち、よかったな。
きみは、ボクが我慢していると見抜いたわけだけど。言葉を返せば、つまり、きみもどこか我慢をさせていたのかと少し落ち込んだ。
できれば、きみにも思い存分セックスを楽しんで欲しいし、もっと深く繋がりたい。
ボクたちに必要なのは、もしかしたら刺激だったのかもな。
この、一皮の遠慮をボロボロにするほどの刺激。
「……あ」
解決策が、ひとつ。ぽこん、と頭に浮かんだ。
「ワタル」
ワタルの、そのベッドの上で剥き出しにされた両手を改めて触った。
する、と指で手の甲を味わうように撫でる。指の先の爪は固く丈夫で厚くて、指自体の骨格は、付け根までしっかりと支えている。
あたたかくて、ボクを大事に扱ってくれるきみの象徴。きみの手の仕草が、本当にセックスのときも、別のときだって、いつだって惹かれている。
「……なんだい」
ピク、と、眉が動く。
ドキドキする。鼓動が早い。脈もざわめいている。
その丈夫な指一本一本、骨を感じるようにボクの指を間に挟む。
「……ダイゴ?」
俯いていた顔が上げられ、こっちを見る。その手を握って、提案したのは単純なこれだけ。
「……絞めて」
バッ、とボクの手を振り払おうとした手を、今度はボクが押さえつける。
少しだけたじろいだきみの感情を見逃さずに、ボクはそれを持ち上げて。
「首を、絞めて」
ゆっくりと、ボクの首に這わせた。指一本一本丁寧に、ボクの首筋からうなじにかけて包み込むように。
はぁ、と息が漏れた。ドキドキした。心臓がうるさい。
期待してる。興奮も、してる。熱がジュワッと蒸気に変わってきみの顔を曇らせた。
刺激が効いた初動だ。
「ぼくの首を絞めて、えっちして」
そういえば、ワタルが分かりやすいぐらいに目を見開いて、嫌そうな顔をする。
「お願い」
「…………なにを、ふざけた」
「大丈夫」
「…………あのな」
「きみを、信じてるから」
あ。ワタルが迷ってる。眉間をしかめて、それでも、どこか拒否しきれないその顔は、ボクのお気に入りだ。らしくないから大好きだ。
ワクワクするな。
「こわくないし、むしろ、嬉しいから」
あと、少しだと分かれば簡単だ。とどめの一言を攻撃に使えばいい。
「きみなら、手加減、……できるでしょ?」
ふふ、と笑ったら、ワタルの目の色がぐらん、と変わった。この目が好きだ。ぼくにしか夢中になっていない、きみらしくない瞳。
心か身体か。奥深いところに隠されている、きみの大事にしているものがずりだされたこの目が。他の誰でもない、ぼくのせいで引き出されたこの目が。
本当に、好き。
「ッ……ぅ」
分厚い手が、胸をじわじわなぞったあと、鎖骨、そして、首筋へ。
硬い皮膚が、ゆっくりと伸ばされていき、ボクの喉仏をなぞる。じらして、じらして、喉の骨と、皮膚の弾力を楽しむように親指で、一回二回と押すと、それだけでドキドキした。
「ッは……ふふ、」
くすぐったい。触り方が優しすぎて。でも、すごく熱くて。触る度にジュわッと音を立てて焦げてしまいそうだ。
「……やるよ」
「いいよ。こわくない」
むしろ、興奮する。刺激が欲しい。
欲しい。欲しい。たまらなく欲しい。らしくないきみを。その奥底に耐えて耐えて固く縛って露呈してくれない心を、見せて欲しくて。
だから。
わからないきみを、少しでも理解できる瞬間や、わからないきみを、少しでも引きずり出せるこの瞬間が。
「はッ……」
たまらなく、ゾクゾクする。
す、と、首筋に伸ばされた手にドキッとした。さっきよりも熱くなっている体温に鼓動が跳ねる。跳ねた鼓動は脈を早めてど、くんどくんと張り裂けそうになった。はやく、はやくと駆り立てる心が抑えられない。きみにバレたくなくて、そっと、視線を流した。
あれ。
「……ワタル?」
でも、その手は首筋を通り過ぎて、頬を触った。頬を優しく撫でて、キスをしてくる。
頬から、また、首筋を通り過ぎて、胸へ、腰へ、太ももへ。下へ。股の間に。
そして、
ぎゅっと握りしめた気配に腰が大袈裟に跳ねた。見当違いだ。
「ウッ……!」
「首がかゆいなら」
ゆるゆると、弄ぶように指がボクの性器を揉む。そして、骨を感じる指は。つぷ、と艶やかな音をたてた。
視界が回った。ベッドに沈む身体。
身体を押し倒されて、いつのまにかボクはきみの下にいた。
「まず、気にならないよう努力しよう」
「え、わ、……ちが、ちが……ッ!」
「違くない」
「ッ……!」
指が一本、中に入った。
「…………や……」
じゅぐ、じゅぐりと音をたてる。バラバラの指は、中を弄んでいるようですごく恥ずかしい。いつも、いつも。
「だぁ……」
もう、わけがわからなくなって、気づけば本能が心からこぼれ落ちた。落ちたものは形になって涙になる。
「……きもち、いいだろ」
「うッ……そ、……な……」
そうしてじらして、じらして、じらしまくって期待させた身体に。
ようやく、ワタルがその逞しい手で。ボクの首に触れた。
ビク、と、全身頭のてっぺんからつま先にかけて、固まった。熱いものが込み上げて、身体ぜんぶが叫び出す。
はやく、して、って。
「ぅあ……、う、……も、っと……つよく」
ワタルがようやく親指に力を込めた。込めたと言っても、なまやさしくて、まだ焦らすのかとその背中に踵を蹴り落とせば、少し笑う気配がした。からかってるの。どういう心境?
見くびらないで欲しい。ボクはきみが思っているより、だから。
伝わって。おねがい。だから。
「して……」
ワタルが、ピタッとその指を止めた。
「して、ワタル。……おねがい、……して」
歯を食いしばっていた。
それを見たボクは、まだ喉元で躊躇っている左手を手繰り寄せて、自分の頬に寄せて、手のひらにキスをした。せいいっぱいの、ボクなりのお誘い。
きみの手は、やっぱりあたたかくて。
「おねがい、だ」
「ッ……」
諦めたのか、ゆっくりと頬から離れた手は、ようやく首に触れる。親指から人差し指にかけて輪を作るように手を這わせて、そのまま、
「ッ…………が……」
ギュウゥッ、と絞めてきた。空気が浅くなる。視界がぐらついて目眩がする。
「ぅ……ん……」
「……中も、締まるな」
ビク、と足がはねる。下の具合を確かめるように、右手の指がゆっくりとお尻から抜かれていった。
ワタルの声が、近くなった。目を薄らと開くと、彼の声がすぐ耳元にいて、汗がちろ、っと垂れかかる。
しばらくすると、お尻に熱くて硬いなにかがぶつかる。わざわざ下を確認しなくてもわかったから、ボクはゆっくりと向かい入れるように股を開いた。
いつだって、この瞬間は胸が張り裂けそうなぐらいドキドキするんだ。
「わかるかい、ダイゴ」
「……んぁ……」
ぎゅ、と、力を入れて、呼吸が出来なくて苦しくなる。海に溺れるより怖い圧迫感。足をじたばたさせた。死への恐怖が近いのと、それを流してしまうほどの強い快感にびしょ濡れになる。
中に、熱いものがえぐってくる。ワタルの鼓動も、熱も、脈が息するのもぜんぶぼくの中に流れてくる瞬間だ。
腰がはねた。
「……っぁッ!! あっ、……やっ……んんッ……ぁ、あ」
律動が激しくなる。上も下も水と肉がぶつかる音。ぶつかって混ざりあって、それはやがてゆるりゆるりと快感の足音に変わる。
足が、ピーンと、伸びる。腰は、ガタガタだ。首も、お腹の中もぎゅうぎゅうで。
わからない、わからなくなる。
「あ、あっ……アッ……ア゛ッ……!」
「ッ……」
ワタルの、しかめる顔が視界いっぱいに広がって。ぼやけて、白くなって、黒くなって、バチバチと弾ける。ぁ。だめだ。これ。
「ッ〜〜ぅぐ、……ッ……ひ……」
親指に力を込めて首をギュッ、とされる。息ができない。嘔吐くと、腰がべチンッ! と叩きつけられて、さらに嘔吐いた。胃の中にあるもの全部ひっくり返しそうになったり、喉につっかかったりして、むちゃくちゃだ。
そう、むちゃくちゃ。
「うぅ、うん……うぅ……ぁ、……ッ……や、……ぐ……」
「気持ちよくて、言葉も忘れたかい」
反論すれば、首をグッ、と絞めつけられる。
「ちが、……ぁ、ガッ」
とろ、ん、とすれば、また離されて。
「しゃべれなくても、身体が教えてくれる」
ワタルが、笑っている気がした。一瞬だけ。
「たまらない、らしいな」
嬉しそうな、はしゃいでるような、声を漏らして。
あぁ、そうだよ。たまらない。
ほんとうに、きみに、くびったけだ。
「ア゛ッ……! く、……くっ、る、……ぅ、……んぅッ……!?」
腰に甘いしびれ。逃げようとして腰が引ける。だけどワタルが逃がすわけが無い。片手で、腰を押さえつけて、片手は、相変わらず首に力を込めて。
「ッ……──!!」
ビクッ! とひときわ跳ねた。身体すみずみまで電気が流れたような、気持ちよさ。
「ぁ……………………」
たら、と力が抜けた。一気に襲いかかった脱力でベッドに腰が沈む。すかさず、ワタルが手で支えてくれて、なんとか骨を痛めずに済んだ。
そういえば、いつもなら枕かクッションが下にあるはずなのに、今日はなかった。
それぐらい、夢中で、必死で。
こんなに濃厚なセックスは、はじめてで。
「きもち……よかった……な」
ぽつ、と零すとワタルが少し肩をビクつかせた。
「……?」
顔を見ると、顔をそらした。
見逃すわけがない。
倦怠感を振り払い、起き上がって、その顔を両手でべち、と挟んだ。顔をそらせないように。
「あれ……、もしかして、」
ワタルが少し気まずそうに目だけをそらす。
「すこし、ハマった……?」
だんまりとしているワタル。それをみてにやけてしまうのは仕方ない。
「ふふ、へぇ、そっか……」
「言うな」
「きみ。前から思ってたんだけど」
「……言うな」
ワタルの声の調子がおかしいことにまるで気づかなかった。だって、それぐらい浮かれていて。
「やっぱりSっけあるよね」
それぐらい、調子に乗っていた。そしたら、ワタルの方からなにか、ぶちーん、という音が静かな空間に響いた。
「え」
え? なに、その顔。
「……え、ワタル。冗談だよ。ワタル……待っ、て。……ッ……」
とんでもない力でまた押し倒される。弾みのいいスプリングは、身体二つ分跳ねさせて。逃げようとしたボクは、彼の腕によってじくりとも動けなくなった。
手を上げようとする。無理だ。ワタルがその手首を掴んで。いつのまにか片手一括りにされた両手は、ボクの脱ぎ捨てたスカーフで縛られる。先はベッドに固定されている。 いつ、拾ったの。
太ももを動かそうとする。ダメだった。ワタルがその足を股の間にすべり入れて。
じく、と嫌な汗が背中を滑った。
ワタルの目が、怖い。
「……ぞくぞくしたよ」
なにかのスイッチを、つけてしまったのかもしれない。
「顔、顔が、その顔はちょっと。待って。なにする──気」
「…………」
にっこり。するだけ。
「なにかしゃべってくれ……!」
じたばたした。すると、すごい力で押さえつけてくる。にげられない。にげられるわけ、ない。腕の力も、手の力も、足の力も、おぞましい。
ワタル、何を考えてるの。その深い笑みはなに。どう思ってボクを見下ろしてるの。
まるで。
まるで、意地悪を、もっとしたいな。とか。
まるで、身体に教え込むのが楽しみだとか。
そんな拷問のような言葉が、語らずとも伝わってきて、ボクの勘のよさを初めて恨んだ。
だって。
「嬉しいよ。おれは。きみが……」
素直に、なってくれて。首元をする、と撫でてそう言った。目は愛おしそうにボクの目じゃなくて、喉を見つめる。
「楔のようだね」
楽しそうな声が反響する。嘘だと言って欲しい。死刑宣告より、酷く、恐ろしく聞こえたそれは。
嫌な予感全てを的中させた。
手首を動かした。動かせない。がっちり固定させた縛り方は、もう、このベッドという空間から逃がさないよ、とでも彼が語るようで。
ひや、とした。
「だからもっともっと、甘えてくれ。見せてくれ。隠さないで。……ぜんぶ」
そして。鋭く絞った眼光が真っ直ぐ見下され、釘刺しされたように射抜かれる。
もう一度、にこ、と笑って。きみの一言。
「……わかったね」
おぞましい言葉の前に悲鳴すらもでない。
あとのつれづれは、記憶に、ない。
