不覚暁に星は輝く✱r18 - 6/34

 りゅうせいの滝を離れてから一週間が経った。
 俺は次の地方に行く準備をするため、カイナシティで船のチケットを取る手続きをしているところだった。
 必要なことを終え受付から離れると、一人の男が走りよってくる。

「ワタルさま、でしょうか」

 頷くとどうやらメールの配達員だったらしく、帽子を軽くつまんで恐縮の礼をしてカバンから一通のメールを取り出した。

「あなた宛てです」

 小綺麗な封筒には何も書いてなかった。

「ご苦労さま。……誰からかは……」
「開ければ分かるかと。それでは私はこれで」

 彼が立ち去ったのを確認すると受付の女性に向き直る。

「ペーパーナイフを借りてもいいかな」

 突然また話しかけられて動揺した彼女は、どうぞ、と躊躇いながらも渡してくれた。頬は初々しく赤くなっている。まだ、新米らしいことが後ろに控えていた同僚との会話で分かる。
 悪いこと、してしまったかな。

「ありがとう」

 スパッ、と切ってすぐに返した。その場を離れながら便箋を見ると、整った字が真っ直ぐ引かれている。

『今、時間空いてるかい?』

 たったそれだけの短い文章の終わりには、カイナシティのとある場所と時間、それに、名前が書いてあった。
 それは先日出会ったばかりの男の名前だった。
 はぁ、と、息をついてチケット売り場のある建物から出た空気は、一気に騒がしくなった。
 カイナシティの市場の賑やかさに、晴れやかな空と潮の香り。騒がしい気配は人々の買い物を楽しむ様子で出来ていた。
 わざマシンを真面目に選ぶ新米トレーナーの姿に、ポケモンの人形をねだる幼い子ども。俺を横切った恋人たちは、ちょうど始まるコンテストのことで盛りあがっていた。
 対して俺は少し億劫な気持ちになった。 
 俺だけが、ぽっかりしていた。

 

 

「ひさしぶり」

 待ち合わせに指定されていた席にはすでにダイゴが座っていた。 
 前とは違って長袖の薄い白シャツにカーディガンを羽織り、浅い茶で染められたスキニーを履いただけの何ともラフな格好だった。

「……怪我の調子は」
「おかげさまで」  

 潮風が彼の髪を揺らした。
 前髪の隙間から見える彼の額に、もうガーゼはなかった。

「見せたいものがあったんだ。キミに」

 俺が席に着くと、そう言いながら横を通ろうとした店員に手を挙げて止める。
 ホットコーヒーを二つ。たったそれだけを注文して、ダイゴは俺に向き直った。
 店員はお辞儀をして、すぐに立ち去ってテラスから店内へ消えていく。
 周りには俺たち以外客がいなかった。時間帯はまだ朝の匂いが残る午前中。シーズンをはずれた海辺のカフェに、人は入らないだろう。
 浜辺からも、コンテスト会場やバザーが開かれている街中からも適度に離れているこのカフェは、喧騒とは程遠い空間。
 ゆっくりと、波が穏やかに流れてくる音が聞こえるぐらい静かなものだった。
 しばらくすると、横の椅子に控えていたカバンからダイゴが何かを取りだした。
 コトン、と、テーブルの上で音を立てる。ダイゴが手をどかすと、そこには小ぶりの石が置かれていた。

「これは……石?」
「いん石のかけらさ。これを探してたんだ」

 なんのことだ、と記憶を呼び起こす前にダイゴは話を続けた。

「知らない場所、知らない時、知らない匂い。それら全部いっしょくたに背負い込んで、この子は落ちて、ボクのもとに砕けてきた」

 すり、と、優しく両手で包み込むように隕石を撫でる手つきは丁寧だ。

「宇宙、って、みたことあるかい」
「……実際にはないかな」
「ボクの家の近くにはね、宇宙センターがあるんだ。よかったら来てほしいな」
「それは口説いているのか?」

 ダイゴは意味深に笑うだけで話を続ける。

「世界のどこにいても共有できるものがある。それが空だ」

 そう言って隕石を手に取ると陽の光にかざした。水晶とは違って透けることは無い。ただ、できた影はダイゴの顔にうつり、少し暗くした。
 ダイゴは、うっとりしていた。

「そして空は、どこにいても同じ姿を見せることは無い。ボクたちは、唯一の空を様々に共有している」

 隕石を置くとテーブルの上で手を組んだ。その指は長い。
 店員がちょうどそのとき、ホットコーヒーを二つ、そしてお冷も一緒に運んできた。
 ミルクと、砂糖、そして、サービスに飴菓子を。
 そんなことも気にしないでダイゴはまだ、語り続ける。

「空は、一番身近な宇宙でもあり、そして、一番手の届くことの無い境界なんだ」

 コーヒーを手に取った。ゆっくりと飲み込んで、

「星は、その境界に浮かぶ」

 そしてようやく俺の目を見てきた。まっすぐと。

「考えてみて。空に浮かぶ星々みなすべてが、ボクたちの知らない時間を過ごしてきた光であり、世界の一部なんだ」

 その目は、眩しいぐらい真っ直ぐな色をしていた。俺はひたすらに口を閉じていた。
 聞き入れているというよりは、口を挟む隙間がないというか。それぐらいこの男は自分の話に夢中になっている。

「それが今、ボクの手の中に収まっている」

 コーヒーを置いて、沈黙。どうやらそこで俺の返答を待っているらしく。
 俺はようやく言葉を漏らした。

「……つまり要点は」
「いん石はすばらしいってこと」
「わかった。……きみ、言葉と意思疎通の練習をするべきだな」
「辛辣だね。でも、自己完結しているわけじゃない」

 俺もコーヒーを手に取ってゆっくりと飲み込んだ。芳醇な香りは、俺の知らない味だった。悪くは無い。
 ダイゴは少し身を乗り出して、

「とどのつまり、キミと、これを使って共有したいんだ」

 と言った。

「……ほう」
「まぁこれは下ごしらえで、本当の目的は別さ」
「というと?」

 ス、とテーブルに手を下ろしてそのまま俺の方に隕石を近づけた。

「これはお礼なんだよ」
「いらないよ」
「そんな、受け取って欲しいな」
「悪いけど、俺はそんなに石に興味は」

 俺はそう言って顔を上げた。
 彼は信じられない、とでも言うように口をあんぐり開けて、顔は真っ青。
 思わず滑稽で、フッ、と笑う。

「こ、こんなに、貴重で」

 隕石と俺を交互に見て、顔が上下に動くのを見ると、まさか断られるとは思っていなかったらしい。本当に焦っている表情に、今までの彼に取り巻いていた穏やかさがどこかへ行ってしまってそれは異様だった。

「そうだね」
「今の話を聞いても? もっと語るべきか!」
「違うね」

 俺はもう一度しっかりと隕石を突き返すと、彼はムス、ッとした。
 そしてまたカバンを漁り始める。

「キミのマント、かなり高価なものだろう。それにドラゴン使いにとって、かけがえのないものだ」

 取り出してきたものは麻色の風呂敷。
 ひとまとめにしている結び目を彼が解くと中には丁寧に折りたたまれている黒い布が入っていた。

「それは……」
「知り合いに、そのことに詳しい人がいてね。縫い直してもらったんだ」

 す、と、渡してくるものを受け取る。広げれば確かに俺のマントで、それはすっかり元通りだった。

「キミは、命の恩人で、それで、」

 俺が突き返した隕石も、またこっちに寄せてくる。拒否なんて許さない、とでもいうように。半ば強引な態度だった。

「出会えて心の底からよかった、って思ってるんだ。……ボクは、かけがえのない出会いをこの上なく大切にしたい」
「そんな、たかが……石で、……そんなにか?」

 ぱち、ぱち、と、ダイゴはその大きな目を瞬きさせた。
 そして耐えきれなくなったように大きく声を上げて笑う。

「待って、違うよ。石の話は……確かに尽きないけど今のは」

 顎に指を当てて伺うように歯を見せて笑う。

「キミだよ」
「……は」

 何を言っているのかわからなかった。

「キミの目に惹かれたんだ」

 沈黙が少し。呆気に取られた俺は、多分、表情が歪んでしまった。

「……きみ、まさか、いつもそうなのか」
「なにが?」

 まさかの無自覚。言葉は足らずにして、この距離感は……どこか歪みがある。
 こんな男、俺はほかに知らないな。

「……そういう言い方は、誤解を招くからやめたほうがいい。特に、きみのように容姿のよく、裁量がいい男は……人を浮かれさせてしまう」
「キミは、浮かれたの?」

 頬に手をついてそう聞く彼に、軽く顔を横に振った。

「そんなわけないだろ」
「じゃあ、大丈夫」 

 自信満々に言って、俺の手をとる。
 急なことに動揺して引っ込めようとした手を、そうはさせないようにダイゴは手首を握る力を強めた。
 そして隕石の小さなかけらを、そ、っと俺の手のひらに置くと、もう片方の手を重ねて、開いた手を無理やり閉じてしまった。噛み締めさせるように。
 隕石は肉にくい込むほど固く、そして冷たかった。
 ダイゴは愛おしげにこう言った。

「これは、嘘偽りなんてまったくなく、本心なのだから」

 そうやって、俺に隕石を持たせた握りこぶしを満足気に見つめているその目も、語る口も、眩しいぐらいの笑顔だ。
 きっと、彼はこういう男なんだろう。

「……なおさら、タチが悪い」

 苦虫を潰したように、俺は空いている手で掴んだコップの水を、なにかを誤魔化したくて飲み込んだ。
 砂利のような味がしたのは、おそらく、気のせいでは、ない。