不覚暁に星は輝く✱r18 - 4/34

──鉄をうて。頭を冷やすにはちょうどいい
──鉄をうて。穿つまで、うて。自分の中身すべて空になるまで注げ、うて
──お前の心を写すように
──完成された鉄はお前自身だ

 古いテレビからは、自分の製品を自慢げに宣伝をする上場さなかの会社のキャッチコピーが流れていた。
 それを横に、拝借した新聞を手に取る。
 冬はまだ、過ぎてないというのに海から流れる風はとても暖かった。
 民宿には、俺と、他に子連れの家族が一組。あとは静かでゆったりとした空気が流れている。
 和室に座布団。なかなか風情のある、今じゃ珍しい民宿。夏にくればよかったかな、とぼんやり思う。
 新聞をざっとみる。ホウエン地方の情勢を知るに、ポケナビを持ってない俺にはまずこれに限ると思ったから。

『ニューキンセツプロジェクト頓挫への道。テッセン氏が語る、当時の闇』
『トレーナー貧困化問題。捨てポケモンの増加』

 そのなかで、でかでかと一面を占めていたのは二人の男の写真。

『ホウエンリーグチャンピオン交代』
「かなり、若かったそうですよ」

 バサ、と新聞を折り返すと民宿の主人がお盆に朝ごはんをのせて立っていた。

「彼、とても人気者でしてね」
「見目がいいからかな。異性にモテそうだ」
「ホウエンは初めてですか」
「初めてと言っていいほど、久しく間が開いてしまってね」
「ふふ、いいところでしょう」

 主人は柔らかく笑った。ホウエンの、男の笑い方だ。

「……あぁ」

 新聞をたたんで、配膳を頂く。受け取った水は白湯だった。ここでもやはり冬は冬。
 締め切っているはずなのにすきま風が背中を過ぎた。だが、

「とても、あたたかい風だよ」

 ゆっくりと飲み込んだ白湯には生姜が入っていた。
 ほっこりしていると小さな女の子が俺の元へ走りよってきた。
 テーブルの上に置いたままの新聞をさ、っと引き抜き隣の座布団の下に滑らせる。
 女の子は俺に面してにぱーっと笑う。

「こんにちは」
「こんにちは!」

 隣の和室にいた母親が慌てて立ち上がろうとするのを俺は笑顔で制する。
 よいしょ、っといいながら靴を脱いで、こちらの和室に入ってくる。

「ごはんもうたべた?」
「いや。これから」
「わたしもうたべたの! ねぇ、おしゃべりしてもいいですか?」
「もちろん。きみは、どこから来たのかな?」
「カントーのヤマブキシティ!」
「そうなのか」
「おにいちゃんは?」
「俺はね、ジョウト地方ってところから来たんだ。知ってるかな?」
「しらなーい、です!」

 見たところ、おそらくまだ4、5歳ぐらいだろうか。食卓からはみ出てる顔と手が小さい。

「おにいちゃん、ポケモンいる?」
「いるよ。ほら、」

 呼ばれて、足元で寝ていたチルットが鳴き声をあげてゆるゆると起き上がってくる。

「かわいいーっ!」

 女の子は鼻息を荒くしながら挨拶をした。

「こんにちは!」
「はい、こんにちは」

 代わりに、俺が返事をする。すると、チルットは女の子に優しく撫でられて気持ちよかったのか、嬉しそうに鳴き声をあげて羽をのばした。

「いいなー。わたしもはやくポケモンとおともだちになりたい」
「なれるよ。すぐに。チルットがこんなに嬉しそうにしてるなら、きっと大丈夫」

 トレーナーに必要なのは、強さだけでも、才能でもないのだから。

「いいトレーナーになれるさ」
「ほんとう?」

 チルットを抱きしめて笑う姿。眩しくて、どこか懐かしくてゆるむ口を抑えられない。

「本当だよ」

 

 

 食事を終え身支度も済ませる。
 マントを羽織っていると母親が駆け寄ってきた。

「娘がどうもすみません」
「いや、そんなことは」

 丁寧に母親がお辞儀をする。隣にいた父親は民宿を出る準備で忙しそうだ。

「なにかお礼を」
「たいしたことをしてないので、代わりに」
「はい」
「ここらへんは疎くて、よければりゅうせいの滝の場所を」
「りゅうせいの滝……ですか? ここからかなり遠いですね……」

 そうか、遠いのか。マップもなしにホウエンに来たのはやはり安直すぎた考えだったようだ。
 点々とカイリューに乗ってとりあえず昨日改めて降りた場所がミナモシティだということ。あとは人づてに聞けば簡単に着くと思っていたんだが。
 どうしたものか、と悩んでいるとちょうど階段をおりてきた父親がハッとした顔をした。

「りゅうせいの滝だって? ちょうどよかった!」

 トントンと足早に降りてくる。荷物を引きずるようにこっちに来て、笑って言った。笑顔は娘によく似ている。

「あの、よければ一緒に途中まで行きませんか? ハジツゲタウンに用事があるんです」 
「え、でもあなたキンセツシティに……」

 母親が困ったように手を頬に当てた。

「資源の調査の依頼。ついさっき連絡で入ったんだ。そのあと、キンセツシティに報告した方が……」
「えぇ、じゃあ……」

 首を傾げてると女の子がマントを引っ張ってきた。

「まだいっしょにいれる?」
「かもしれないね」

 そう言うと女の子はとても嬉しそうに笑った。やはり、父親に似ている。

「そうね。じゃあその方が都合がいいのね」

 会議は終わったようだ。
 親切にも、この家族はりゅうせいの滝近くの町に急用ができたらしく、そこまで一緒に案内させてもらうことになった。
 そらをとべば、あっというま、とのことで、チルットをボールに戻し、カイリューに運んでもらうことにする。
 女の子は初めて見たカイリューの姿と大きさに驚きはしたものの、怖がりはしていない。
 むしろ、喜んで乗ってみたいな、とねだる目の輝きに、母親も父親も困ったようにこちらをちらちら見てきた。
 断る理由なんてない。前に乗せて一緒に空高くあがった。
 この上なくはしゃいでいた。その姿はまさに恐れ知らず。
 本当にいいトレーナーになるんだろうね。

「ワタルさん!」

 借りたゴーグル越しに見えた上空の景色は灰が舞って視界が悪かった。前を行く父親が指した先に、ぽつりぽつりと民家と、畑に、ポケモンセンターが見えた。ハジツゲタウンだ。

「りゅうせいの滝までご案内します」

 そうして急降下したフライゴンを追いかける。気温がグッ、と下がった。
 ひとつ、ふたつ、羽ばたいて降りた先で灰は消え去っていた。空を見上げればすっかり晴れていた。

「あそこがりゅうせいの滝です」
「ありがとう。助かったよ」

 ゴーグルを外し女の子を抱っこしてカイリューから下ろした。

「おにいちゃん、さよならなの?」
「さよなら、だね」

 ゆっくりと、小さなからだを地面に下ろす。寂しそうにしている顔と視線を合わせるようにしゃがんだ。

「手をおわん型にして、目を瞑ってごらん」
「?」

 そ、っと、女の子に渡したもの。脆いから丁寧に扱わないと壊れてしまいそうだ。

「いいよ」
「……! チルットだ!」

 女の子の手でできたお椀には水色と白の折り紙でできた小さな小さなチルット。

「それに」

 もうひとつ。特別なものを仕上げに。

「チルットの羽毛を添えて」

 そっと、ふわっとのせたのは俺が出会ったばかりのチルットの羽毛ひとつ。
 折り紙の小さなチルットの隙間に、飾るようにのせれば小さな女の子の顔は頬を赤らめてますます喜んだ。

「よければ、もらって」

 渡したのは今朝読んだ新聞に挟まっていた付録の折り紙セット。
 説明書のとおりに折ればその色ごとにポケモンができるというもの。

「いいかい。今度会えるときまでに、この紙一枚一枚、すべてを、心を込めてポケモンに進化させるんだ」

 人差し指を立ててそう言う。

「できるかい? 小さな、トレーナーさん」
「うん!」

 いい子だ、と頭を撫でる。
 次に会える日を楽しみにして。お別れを言った。
 もう寂しい顔はしていなかった。

 

 

 りゅうせいの滝の中の空気は一言でいうなら澄んでいた。
 水の色も、空気の匂いも、洞窟の様子も、すべてが、人の手が施されていない自然の恵みそのままの姿と、空から降ってくるのを溜め込んだエネルギーに感動する。
 水辺に近寄り、しゃがむ。
 手を差し入れると、澄み切って透明よりも美しい水は揺らめいた。冷たくてかなり気持ちいい。
 俺の手のシワひとつすら濁っていない。
 ひとつ掬って口に含む。

「……神聖な空気が張り詰めているな」

 カイリューがなにかを感じたのか雄叫びをあげた。
 その声は壁という壁を反響し勢いよく落ちる滝の水の音が吸収する。

「お前も、そう感じるんだな」

 カイリューのおでこをゆっくりと撫でると、気合十分なのか、腕をぐっと広げて、キリッとした顔になった。
 うずうずしてる。

「俺もだよ。さっそく……」

 刹那。俺の声をかき消すような音。大きく、なにか洞窟中が雄叫びを上げたような音だった。
 遅れて地面も揺れる。

「今の音は……」

 何かをえぐる音。崩れる音。そして、水に落ちるような音。どれも洞窟にはよく響いた。
 だれか、いるのか。それともポケモンか。

「上か?」

 続いた轟音になにかと頭を上げた。ただただでかい滝が流れて落ちてるのをみていると。
 時間が止まったかと、錯覚した。
 滝が流れる境目から人の身体が飛び出してきた。そして。
 あっ、というまに。
 一人の男が、落ちてきた。