不覚暁に星は輝く✱r18 - 26/34

 夕暮れのミナモシティから見る海の景色は絶景だ。夕陽に照らされたルネシティに臨む海の輝きはまさにホウエンの宝石だよ、と勧められれば、客人と食事にはもってこい。
 彼にそう言われたというのもあったが、カンカンに顔を真っ赤にさせた従姉妹を宥めるにはちょうどいいかもしれない、という俺の考えは甘すぎたらしい。
 カウンターで俺を端の席に追いやり、その隣でずっとムスッとした顔をしたイブキを見ると失敗だったな、と正直に思う。

「……それで」
「ん?」
「とぼけないで! ……どうだったの」
「怪我は、ほとんど完治していて。あともう少しで退院できると」
「ちがうわよ!」

 からかうと顔を真っ赤にさせて手を挙げた。静かにグラスを拭いていたマスターが近寄ってきたはいいが、隣で上げ下げされたグラスの数を考えると心配になってしまう。

「同じものを」
「おいおい。もう飲むのは控えたほうがいい」
「諦めなさい。あなたが吐くまで、わたし、ずっと粘るから」

 イブキが納得いかないのは、なぜ、俺がここにいることと、なぜ、今回の事件に関わっていること。そしてなぜ、解決済みだということ。この三点に、もっと納得いかないことがあるらしいが、俺が分かっていないのが癪に障るとのことで教えてくれない。
 ダイゴの病室に、イブキが来る連絡が来たのが四時間前。船を使ってミナモシティに吹っ飛んできた従姉妹を迎えたのが一時間前。
 そして捕まって追求されるに、納得に時間がかかりそうだな、と予め考えていた夕食という手段を使ったのが二十分前。
 イブキだけならいい。だけならいいが、

「楽しそうね」
「あたくしたちもご一緒してよろしいかしら」

 俺たちの騒ぎようにとうとう痺れを切らしたのか、カリンとカンナが後ろから声をかけてきた。

「ダメよ。ワタルと二人きりで話したいことがまだあるの」

 カンナが訝しげに首を傾げると、カリンが笑って、

「いいわ。行きましょ」

 二人はシバたちがいるテーブルに戻っていった。

「……ホウエン元チャンピオンが本部来れないからって、逆にホウエン支部にあの人たちが集合かけられるってどういう男よ」
「イブキはなんで来たんだ」
「なによ。ダメな理由でもあるの?」 
「いや、嬉しいよ」  

 そう言うとイブキは苦虫を噛み潰したような顔をして、ホウエンで起こったことに怒りを漏らす。

「今回の事件。……ドラゴンタイプのポケモンが関わっているんでしょ。意見を聞きたい、っていうことでルネシティにいるフスベ出身の人から言伝がきたのよ。まさか……あなたがここにいるのは知らなかった」
「あぁ、なるほどな」
「あなたはいま、行方が取れない、ってことになってるから」

 カイナシティの警官が、なぜ俺があのときその場にいたのを知っていたのか。その経緯については簡単な話だ。
 あのとき、りゅうせいの滝を案内してくれた家族がちょうど船乗り場にいてその父親が連絡をしたそうだ。調査に必ず協力してくれるだろうと、どこか慢心な気持ちで俺の所在をバラしたらしい。
 ボーマンダのことについて調査の協力を依頼されたイブキは、明日ルネに赴き、さらにホウエンリーグ四天王の一人でもあるあの人を仲介に立て、今回のことで揉め事になりかけた流星の民との会合が行われる。
 ついでにポケモンリーグ本部の関係者がここに集まっていることについては、近日開催されるはずだったホウエンリーグの調整について、急遽サイユウシティで話し合わないといけなくなったからだそうだ。
 現時点で四天王を降りるカンナと、次に四天王として手を挙げたカリン。そして継続を決めているシバが、ホウエンに派遣されている。ポケモンリーグ本部であるセキエイのごたつきと、ホウエンリーグチャンピオン交代のごたつきに加え、ダイゴの入院が重なった。調停するに、とりあえず今後のリーグ開催と方針について一度意見を集めるため、今回だけ特例としてサイユウシティで集会が行われるらしい。
 ダイゴは病室で、今頃書類に追われる未来について説明され泣きそうになっているだろう。仕事が嫌いなわけでは無いはずだが、あれは、……あまりにも酷い量だ。誰だって泣きたくなる。タイミングが悪かった。ただそれだけのことではあるが。
 シンオウの方からも何人か来るらしく、俺にも参加の伝達が来ていたらしいが間に合わなかったとのこと。
 ということで、俺がこの場にいたのはたまたま。
 イブキとだけ会う約束が、セキエイリーグのみんなに囲まれたときはやられた、と思った。俺も重要関係者として強制的に二つの会合に参加だ。一気に忙しくなる。ダイゴと仲良く仕事三昧、ってわけだ。

「ねぇ、ワタル。フスベに帰った日のこと、ちゃんと覚えてる?」
「あの日は、俺にとって大事な区切りだったからな。忘れるわけないよ」
「……ホウエンでは、何か得られた? あなたにとって」
「……色々な」

 そういうとイブキは飲んでいたグラスをぎゅ、と握りしめた。揺れたグラスの氷がバキ、と割れて沈む。

「あのときのみんなの顔、忘れないで」

 イブキに言われて、思い出した。みんな声をかけて、誰しもが引き止めようとはしなかった優しさ。そして、厳しさ。俺のよく知るフスベの空気に背筋が張ったあの日。
 それがまだ、一ヶ月少ししか経っていないのが不思議に思う。もうフスベから離れたのが遠い昔のように思えるのは、きっと、訪れた変化が目まぐるしいせいだった。

「引き止めてくれたのも、イブキぐらいだったからな」

 そういうと、隣が何も返してこない。不思議に思った俺は飲もうとした酒をそのままにして隣を見ると、口をあんぐりと開けて固まっていた。

「イブキ?」
「あ、ッ……あなた何言って」
「……ん?」

 声は徐々にわなわな震える。

「引き止める人がいなかったんじゃないの」
「……つまり」
「ッ引き止められる人がいなかったのよ!」

 声の大きさに驚くと、イブキが信じられない、とでもいうかのようにぷいっと顔を背けた。

「やっぱり同じものを」
「イブキ……」

 マスターは下げられたグラスを持ち去っていく。これで何杯目だろうか。

「……だって」

 イブキの声が小さくなっていく。

「あのときのあなた、……少しどこか、」 

 言うか言わないか迷ったイブキは、新しい酒が運ばれてカラッとした表情をあげた。

「なんでもないわ。今に始まったことじゃないしね」

 グーッと飲んで、おつまみをいただく。俺を目だけでそれを見る。

「帰ってみなさい。ちゃんと、腰を据えて」

 その言葉に思い出して、あぁ、と声が出る。

「一度帰るよ」
「……え?」

 イブキがぽかんとした。

「いつ? ど、うして。帰ってくるの? 何しに?」
「雪かきをしに」

 ますますイブキが嫌な顔をした。

「彼が、準備できたらね」

 そういうと、イブキの顔は面白いほど青ざめた。青ざめた顔は灰色になって、白くなった。
 白くなった顔は、また赤くなって俺の胸ぐらを掴む。でもどうしたらいいか分からないらしく、手をパッと離した。
 ムスッとした顔はため息を深くついて、ひとこと。

「あなたが機嫌のいいときほど、怖いことはないわ……」