八、芽吹くつぼみ
深夜。
一室に置き去りにされたラジオが喚く。
『……の時間帯に放送する予定でしたポケモン和歌講座を、急遽見送りにさせていただきます。楽しみにされた方も多いでしょうが申し訳ございません。臨時ニュースです。繰り返します。臨時ニュースです』
つけっぱなしのテレビも喚く。
『電波障害は復旧したようですが、まだ混乱は続きます。みなさん、外出はどうかお控え下さい』
『前代未聞の異常気象がホウエンを襲います。台風は、まだおさまることはありません。グラードンもカイオーガもいないというのに、何が起こっているのでしょうか』
電源を落とすことを忘れた、ポケナビが悲鳴をあげる。次々と流れるニュースは濁流のようだ。
テッセンさん。テッセンさん。こちらに。
デボンコーポレーション側はなぜ黙秘を貫くのでしょうか。
シーキンセツは閉鎖されたはずでしょう? なにかコメントを。
ツワブキダイゴさんが搬送されたことについて一言だけでも!
ツワブキさん! 待ってください。ツワブキムクゲさん。
──みんな。中身なんてどうでもいいんだよ
確かに、彼はあのときも言っていた。
それでも蓋は開きたくなる。それはきっと、人間は好奇心の塊であって心が原動力だから。
相手が知りたい。理解したい。雲の先の光を求めて手を伸ばして、触れてみたい。
眠りについた冬は、春に訪れる光でみな目を覚ます。
触れた先にあるものの正体を掴んだとき、それはいつか、溶け込んで自分の世界になりうる、と。
そう言うと、返す言葉もないね、と言って彼は笑った。
俺が渡された、星のかけらがなによりもの証拠。
もう、それは手元から消えて無くなってしまったけれども。
水が跳ねるようにポンポンと。
電信音が静かな空間に鳴り響く。濁流のように流れる。それはホウエン中に。
102件の未読。
『ね、大丈夫?』
『でんぱまじ壊れたむりー』
『送れてるじゃん』
『いきてはいる。だいじょうぶでしょ』
『キンセツシティの映像やばくない?土砂降り。前見えんくない』
『カイナシティなんて市場でどんちゃん騒ぎだったよ。ポケモンセンターなんて窓ガラスが割れたって』
『窓ガラス?!そんな風強いの?』
『いまはだいぶマシ』
『ニューキンセツってなに?』
『あそこちょっとぶきみだよね』
『わかる』
『ニューキンセツはあれだよあれ』
5件の未読。
『コモルーがずっと空見てる』
『こんな天気だと、やっぱポケモンも落ち着かないんじゃないかな』
『ルネの空は星空を閉じ込めたガラス窓みたいだ。なのに今日はまるで空が落っこちたみたいに不気味だよ』
『はいはい笑』
『そういえば、ニューキンセツに五体のボーマンダが発見されたってみんな聞いた?』
『聞いたよ。明日、調査に行くんだ。朝から……俺の休み……』
『テッセンさんも大変ね……』
1件の未読。
『りゅうせいの滝さ。しばらく閉鎖だって。なんでも爆弾?があるとかなんとか』
『うそ』
『まじ』
『うそ』
『まじだって。おやじから聞いたんだけどさ』
『てか今テレビ見てる感じ?』
『ゲームしてる』
『あほ!みろ。お前たしかカイナシティに妹さんいるんだろ!』
『なに?なんかあったの?』
ここから未読です。
『ごめん。夜遅くに』
『来週さ、予定していた天体ショーに行くの、取りやめにしていい?』
『どうしたの?』
『いま、ホウエンに来ないほうがいい。ちょっと、面倒なことがあって』
『はなせない?』
『うん』
『すてられぶねでしょ?』
『ニュース見た?』
『みたよ。カントーでも大騒ぎ。雨、大丈夫?』
『大丈夫。心配ありがとう』
『ほんとうに?』
『うん』
『天気、晴れるといいね』
『うん』
『あなたの声、落ち着くから。晴れの日の声はもっと好き』
『予報士としては複雑かな』
『そう?博士によろしくね』
夜の帳が下ろされたはずなのに電波だけが身を起こして、みな、好きなように呟く。
ホウエンポスト/ポケナビ版 いち早く情報を届けるメディア【シーキンセツ一連の問題。ツワブキダイゴが負傷。搬送先で一命をとりとめたか?】hoenn-post.net/news/72603
『ダイゴさん……』
『病院に運ばれたって嘘だろ』
『防衛戦、かっこよかったな……もう公式戦とか考えてないのかな……』
『あの人は悪くない!』
『最近胸糞な記事ばかりだったけど、あの人にはやっぱり実力あるよ』
『大丈夫かな、すごい怪我だって話だよね……』
『ダイゴさんのあの姿に感動したわ』
『背中を押された』
『憧れだった』
『もっと、あなたの勝負を見ていたかった』
『一緒に戦ってみたかった』
『大好きな瞬間だったけど、もう見れないんですね』
『お別れは、悲しい』
『お別れは、とても悲しい』
『でも、あそこまで輝いていたのなら、確かにそこに星の光が存在していたように』
『あなたは、ずっと、ホウエンにとって光でいたんですね』
ポケナビの画面を消そうとした。眠りに沈んだ病院の薄暗さでは、迷惑かと思って。
でも、自分宛に届いたメッセージは、いつだって心の奥底に輝くものがある。
まるで、目覚めを遅らせた春の空の下、ずっとボクはその土中に埋まっていて。
そのあたたかさに包まれていたはずなのに、陽が出る前、ぽつん、とひとつ空に浮かぶ星の光。
その眩さの正体に気になってしまって、まぶたを上げるポケモンのような気持ち。
好奇心が、ボクを動かす。
『こわくなかったかい?』
そうやって、選びぬいたメッセージにひとつだけ返信を返した。
『こわかった』
けど、と、続ける。小さきメッセージは、すぐに届いた。
『こわくてもだいすきなポケモンがいっしょだったから』
少し躊躇って、メッセージが来る。
『もう、こわくないよ』
既読はつけた。軽い返事を送って、そ、とポケナビを持っていた左手を落とす。
「……そっか」
そうしてようやく笑うことができた。心から。心の奥底から湧いてくる光の正体に気づいたボクは、たまらなく嬉しくて。
「それは、……よかった」
27件の未読。
『いまどこにいる』
『心配かけさせるんじゃねぇぞ』
『ねぇ。今回ばかりは甘えてもいいんじゃないかな』
『いつでも、抱えていないでください。わたしたち、家族のようなものでしょう?』
『最近、やたらと考えごとが多かった。それは、きみらしくなかったけど、必要なことだったようでなりより。だから、思い出してくれ』
『わたしは きみにいったよね ダイゴ』
『あきらめることを あきらめるんだよ』
未開封のメッセージは溜まる。通知ばかりが画面を埋めて。もういい歳だから、泣きじゃくるなんてことは出来なくなってしまった心と体だけど、それでもじわじわとあたたかいものが胸から込み上げてきて、ボクはたまらなく幸せな気持ちになった。
朝起きたらまた噛み締めて読んで、少しずつ返事を送ろう。みんな優しい人ばかりで、ありがたい。今だけ甘えさせてもらう。
とうとう画面を消してまぶたを閉じた。
どんな不安な夜だって必ずあたたかい朝が来る。
それを、他の誰でもないボクが一番よく知っているから。
目を瞑ると、様々な声が脳の中に絡みあって溶けていく。
突然降ってきた声に驚いて、パチ、と目が覚めてしまった。
──きみに、会いたい
聞こえた声に震える唇。おそるおそる唇の皮膚に触れると、あたたかい体温を感じた。
キスした感触がずっと忘れられない。
あたたかったな。
気持ちよかったな。
そっか。この感情の正体は。
気づいてすんなりと言葉がでる。ようやく自分の気持ちに素直になれた気がして。
「……ぼくも、」
きみに、会いたかったんだ。
