組織の身柄すべて拘束したあと、連絡がついた同僚が、仲間を引き連れてすぐにシーキンセツに到着した。グルグルに巻かれた輩みな連行されて、俺の仕事はそこで完了する。あとは、ダイゴを連れて陸に移動するだけだ。
「ご協力、ありがとうございました」
最後に船のなか全てを確認して、ニューキンセツと繋がっていた関連すべてを押収し、全てを断ち切れば俺の出番はもう必要ない。
同僚は丁寧に敬礼をした。
「堅苦しくしなくていい」
そう言うと、彼は動揺しながらまた丁寧に返事をした。生真面目な顔をして窓の外を眺めた。波はあらかた落ち着き始めている。雨はまだ酷いが。
「博士によると、あと数時間後には天気も元通りになるそうです」
「そうか」
「ワタルさんのおかげです」
「いや、俺の力だけじゃない」
ちら、と見た姿。
離れたところで冷えた身体を労りながら、びしょびしょに濡れてしまったダイゴが、タオルに包まれてベッドに腰かけていた。
何人かに、お茶を、お怪我の様子を、と声をかけられてはいるがすべて断って、カバンに抱えていたキャモメだけを託した。結局、あのキャモメがどういう経緯で助けてもらったか聞き出すことは出来なかった。というよりかは聞く訳にもいかなかった。
彼は必死に隠しているがかなり疲れている。
「ボクは、大丈夫」
同じ言葉を繰り返し。
笑顔を張りつけて、一点張り。
困ったように笑っていた。電波が復旧した途端、彼のポケナビには濁流のようにメッセージとエントリーコールが飛んできているらしい。ホウエンの四天王に、各地のジムリーダーに、四方から矢継ぎ早に質問を投げられている彼は、嬉しそうだが、どうしたらいいか分からず俺の視線に気づいて助けを求めた。
「呼ばれている」
「あぁ……、いえ、それでは僕は席を外しますね」
敬礼をひとつ。
「迎えがすぐに来ます。……いつでも」
同僚が軽くダイゴにおじぎをすると甲板に向かった。俺はダイゴに肩を貸して船室から廊下に出る。ダイゴが声を潜ませて、俺に話した。
「みんなの力があってこそだよね」
「聞こえていたのか。……その通りだよ」
遠くからポケモンの鳴き声が聞こえる。ポケモンレンジャーの連隊が列を作ってシーキンセツに向かっている姿が窓越しに見えた。ガラスに叩きつける雨風の勢いはまだ弱くない。
「カイナシティ。今は電気がほぼ復旧したって」
ダイゴがポケナビの画面を見せてくる。電気も電波も通らなかったカイナシティは、今はもうおおかた事態が落ち着いていて、明るくなった様子をヘリが中継している映像だった。
「あそこは、きみが誘導してくれたんだってね。ボクからお礼を」
ポケモンレンジャーたちが、甲板に一斉に降り始めた。同僚が駆け寄って、なにやら話をしている。どうやら帰りは彼らたちが送ってくれるらしい。津波の心配はもうないとしてもここはやはり危ない。はやく、安全なところに移動するべきだ。
なにより、ダイゴがふらふらだったのが気がかりだった。
船室から廊下に出る手前でダイゴは立ち止まった。
「ありがとう、ワタル」
その声は、少し落ち込んでいた。彼は、いつからここにいたのだろう。どことなくやつれてしまった感じもする。
ご飯は食べていたのか。ちゃんと睡眠は取れていたのか。そもそも、ポケモンたちの手を借りれない状況下で、彼は。
ふと、思い出した、うなじの隙間。一瞬だけ見えた彼の肌の色が過って、いますぐにでもこの場から連れ去りたい気持ちがはやる。
きみは、きっとここで。
「みんなに、……」
寒さで皮膚が青くなってしまったガサガサな唇は、少し戸惑いがちにポツリと零す。
「みんなに、心配かけてしまったな」
「それは、みんな、きみのことが大切だからだ」
ふふ、とダイゴが笑う。
「眉間のシワを、ゆるめて。ワタル」
とん、と、人差し指で俺のおでこをつついた。ちょうど眉と眉の間あたり。
「ボクを見るたびに、自分が傷つけられたのように、きみは顔をしかめている」
「それは、……きみが」
その手を握る。かなり冷たく、この皮膚もガサガサだった。
「ボクが?」
「ずっと、隠しているから」
その言葉を聞いてダイゴの瞳孔が開いた。でもすぐに和らげた笑みを浮かべる。切なげに。
「そう、……か」
向こうで俺とダイゴの名前を呼ぶ声が雨風の間から聞こえた。出発の準備ができたらしい。ダイゴの先に行く。甲板に出る手前でもわかる、横殴りにする雨と風の強さ。傾いた船の上は、俺とダイゴが暴れたせいでより不安定になっていた。
「ずっと、……ぼくは」
ダイゴの声がか細い。
はやく安全なところに連れていく必要があると思った俺は、ポケモンレンジャーの一人に合図を送った。手を挙げて。すると、突然、
「……………きみを……」
背中に重みが一瞬生まれ、一瞬で消える。
次には、ドサッ、と後ろから聞こえた。なにかの音。
悲鳴が後ろから上がる。甲高い女性の声に、ざわめく男性の声。輪を広がって、音は俺の横を大袈裟に通り抜けていく。ポケモンレンジャーたちも青ざめて一斉に駆け寄ってきた。
振り返る。人々の輪をかきわけるように視線を流した、そこには。
「早く病院に!」
女性がそう叫ぶ。ポケモンレンジャーが急いで担架を運んできた。
「しっかりしてください! 返事を!!」
男性が、その身体にしゃがんで声を荒らげた。
「声が聞こえますかッ!」
音が吸い込まれていく。人の影も、光も、消えていく。遠ざかって、鼓膜が破けたようにツーン、と、静かな空間に。
ポツン、と浮かんだきみの。
そう、きみの身体が。
駆け寄ったもう一人がしゃがんでその身体を揺さぶる。揺らすと、きみの顔がズレて見える。
「ダイゴさん! しっかり!」
ぐったりと。
ダイゴの四肢がうつ伏せに横たわっていた。死んでしまったかのようにピクリともせず。
寒気がした。
「……──」
声が震える。喉はカラカラだ。破けた鼓膜を通って、頭の中にじわっと零れた何かは目から込み上げて。
なんだろうか。あつい。熱いけど、背筋からうなじにかけてじわりと冷たいものが撫で上げた。
「……ダイゴ」
きみの名前を呼ぶ声は、辺りの騒ぎようで吸い込まれる。みながきみを心配する声に比べて、小さきものだったから。
きみの頬に触れる。冷たい。きみの首筋に触れる。氷のようだ。
脈は薄く、あんなに無理してまで笑っていた表情は影になって見えない。
出会ったばかりのときのように。きみは、冷たくなっている。
そのとき、思い出した。
許せないことは二つ。
きみを含めて、罪のない人を、ポケモンを、悲しませる行為。
そして。
「ダイゴ」
手繰り寄せて抱えた身体は冷えきっていた。こんなにもあたたかいはずのホウエンに、見捨てられたかのように。
きみはついさっき、俺の眉間を触って俺の心配をしていた。だけどそのとき、俺も、きみの心配をしていたんだ。
そうだよ、ダイゴ。俺は。
──眉間のシワを、ゆるめて。ワタル
きみのつよさを疑った、自分が一番、許せなかった。
でも、もう無理しないで欲しい。きみのしなやかなつよさは痛いほど分かったんだ。
よく休んだら、また、起きて。
そしたら、話そう。今度こそ。向かい合って。
俺たちの、関係について。そして。
これからに、ついて。
きみの声が、俺の鼓膜を揺さぶったら、俺はもう、塞ぐことはしない。
だから、きみも、心の蓋を開けて。
目を覚ましたら、
さらけだしてくれ。きみの、すべてを。
