不覚暁に星は輝く✱r18 - 21/34

 カンカンカン、と鉄を踏みしめるたびに靴から音が響く。なるべくこういうところでは音を立てない方が賢いがそういう余裕も時間もない。
 海が近いせいなのか、錆と潮の匂いが漂う。人に忘れられた街はすっかりさびれていた。
 カードキーを差し込んだ。すると頑丈な扉が開く。
 人が、使っていないはずにしては。すんなりと。
 中に進むと大きな階段が見え、それは鉄格子と立ち入り禁止を示す看板やテープで頑丈に固められていた。
 階段すぐ横の壁には、

《ニューキンセツプロジェクト中止! 即座に撤退せよ!》

 と大きなポスターが今にも外れそうになっている。文字はかなり掠れていた。
 階段を覗き込む。かなり深い地下まで潜れるのか、電気も通っていないここからでは底は見えなかった。
 よく見ると鉄格子の端には歪みがあった。どう見ても人為的に歪められたそれは、人の手首なら容易に入れそうな穴ができていた。そこに手を入れて、手探りで壁を漁る。 
 案の定、カードキーを差し込む機械がある。右手だけを使ってカードを滑らせた。何も反応しない。

「…………なら、」

 少し乱暴だが、壊すことにした。

 

 

 立て看板とテープをくぐって下に潜っていく。真っ暗だ。ポケナビのライトをつけて、なるべく、音を立てずに足を踏み外さないことだけに集中して階段をおりていく。
 ニューキンセツというジオフロントは、各地方のメディアが注目していただけあって、かなり精巧に建築が組まれていた。それは、階段を下る際に、脇にとび出ていた鉛やら、鉄線やらを見れば一目瞭然。火山活動が活発なホウエンにとって、いかに安全な地下の暮らしを作るか、あのカロスのミアレシティですらも注目していたぐらいだ。
 エネルギー開発のために使われた研究の時間、その膨大さと投資された規模を考えれば誰もが期待した。
 他の誰でもない。一番期待していたのはダイキンセツホールディングスに違いないはずで。
 それをやすやすと手放すわけもない。

「……ここか」

 階段の終着点に着く。まるで鍾乳洞のように暗くてジメジメした地下都市には、使い道に持て余すほどの空間があった。当たりをライトを使って見渡すと、工事をそのままに投げ捨てられた惨状が広がる。
 酷いところでは、いつ使われていたか分からないスパナが転がっていた。メンテナンスもろくにされていないここは、かなり、錆の匂いがして、思わずマントを使って鼻を塞いだぐらいだ。
 辺りは暗く、錆でゴテゴテに固まった血のような匂いを嗅ぎ続ければ人の精神状態は保たれないだろう。
 それはきっと、ポケモンだって同じだ。劣悪な環境と膨大なエネルギーを生み出すにはもってこい。その上、人に忘れられた場所として目につかないときた。
 悪いことをするには、ぴったりだ。

「わざわざ、吐かせなくてもよかったかもな」

 さて。右隣の廊下を見る。さきほどから人の気配がまばらに。そして、やけにその廊下だけ土埃がごっそり抜けていた。人の生活感溢れると表現するには生易しいが、どうやら予想はあたっていたらしい。
 人の気配が離れてから物陰に隠れるように進む。横をすぎる足音の数が多い。あの狡猾の男の警戒心の強さは異常だった。モンスターボールの開閉を妨害する電波が流れていないと断言できない今、なるべくポケモン同士の乱闘は避けるべきだ。
 姿を潜ませながら進んでいくと、やがてまた地下深いところに、重厚な扉があった。見張りはいない。おそらく上で陽動に使ったブザーが今、発動したのだろう。
 扉を開ける。隙間から明るい電気が漏れた。ゆっくりと開けていく。覗くと、やはり人の気配はしない。
 吹き抜けの部屋で、すぐ目の前に大きなガラス窓。それを中心に、たくさんの配線やパソコンやスクリーンが忙しそうにゴチャゴチャ動き回っていた。
 ガラスに近寄る。地下の寒さで少し曇っていたその面を手で拭うと、

「……見つけた」

 そこには、ボーマンダが眠っている。一体だけではない。ざっとみて、軽く三体ほどいる。見えていないだけでまだいるのかもしれない。
 浅瀬のほら穴にいたタツベイの姿を見たときからすでにひっかかりはあった。
 なぜ、浅瀬のほら穴に捨てる必要がある。確かにどんなに優しい心を持ったトレーナーでも、ドラゴンポケモンの扱いに気持ちが負けて手放すことは多い。それでも、普通考えれば分かることで、ポケモンセンターに預けたり、悲しいことだがすぐ道端に置いていく方が賢い。そのほうが色々と手続きの面で安全だから。
 すべてのトレーナーは協会に登録されている。もし、捨てポケモンの情報が少しでも漏洩すればその瞬間トレーナーの資格は剥奪される。
 なのにあのタツベイは浅瀬のほら穴で誰にも見つけられずに死んでしまうところだった。
 まるで、バレることを恐れることなく、殺すことが目的だとでも言うように。
 扱いに困るなんてものではなく。
 扱いに足りなかった、ものだったとしたら。

──あの大暴れどもを必死こきながら捕まえさせ……

 酷い方法で。りゅうせいの滝で。たくさん、たくさん、苦しい目に遭わせて捕まえたんだろう。いったいどれだけやれば気が済むんだ。
 何に使うかだなんて、目前の事実だった。ボーマンダを閉じこめる機械はおそらくこの気味の悪い天候を無理やり誘発させるためのものだ。電力はニューキンセツに住み着いているでんきポケモンのエネルギーを使って。
 いや、それだけではどう考えても足りない。機械の周りをぐるりと歩くと、複雑な機械の下からゴウンゴウンという音が聞こえた。燃料が湧く音だ。形は火室によく似ている。
 蓋を開けると、案の定焦げ臭い匂いと蒸気がムワッと広がり高音の赤で視界がぐらついた。ボイラーを使ってエネルギーに変えているのだろう。
 すぐに閉じる。
 中で燃えていたのは隕石だ。りゅうせいの滝で隕石も大量に採掘していたのだろう。
 物音を立てたせいで一匹のボーマンダが目を覚ます。
 身を起こさずに瞼だけ上げて俺を見てきたボーマンダの姿は疲れきっていた。何時間、いや、何日もここに閉じ込められていたはずだ。
 りゅうせいの滝で組織の奴らと遭遇したダイゴは、きっとそれを止めようとした。すでに、もうそのときには彼は。
 すべてを見据えていて。

「……火薬は、りゅうせいの滝のあちこちに埋められていたものが起爆したものか」

 そして、

「ダイゴは、それを知っていた」

 ダイゴの腰のベルトには、確かに六つのモンスターボールがしっかりと装着されていた。なのに、彼はあのときボールからポケモンを出していなかった。生身でりゅうせいの滝にいた。
 だと、して。見方を変えてみればどうだろう。もし彼が出してなかったのではなく、出せなかった、なら。

「つまり妨害電波はあのとき、すでに局所的に使われていたということか」

 顎に手を当て思案する。
 ひとつの結論。俺が、もし、ポケモンを出せない階層にのぼり、そのまま組織の連中と出くわしたら乱闘は避けられない。

「……守るためだったのか」

 りゅうせいの滝の、美しいまでに神聖な自然を。そして、少しでも、人と人との争いを無くすことを目指して。

「……まったく、」

 俺をなんだと思っていたんだろうね、きみは。
 懐から出したものを手に取る。相変わらず冷たい。なんでもなかったそれを。
 腕を使って思いっきり、目の前の機械に投げた。バチバチとショートを起こしたそれから焦げ臭い匂いがする。そして派手な音を当てて爆発した。
 バタバタバタッ、と騒がしい音が後ろから迫りきた。複数の足音に、侵入者を知らせるブザーが鳴り響く。

「やぁ、待っていたよ」

 対応があまりにも遅すぎないか。もう、準備は出来ている。俺も、そして、後ろで背を気持ちよく伸ばし始めたその子たちも。
 ボォッと、熱い炎が上がる。怒りはすでに抑えられないらしい。

「見誤ったね、きみたち」

 俺の周りを囲む複数の人間に向き直る。そのそばにいた気性の荒いポケモンたちは今にも俺に飛びかかろうとしていた。
 だが、パラパラと上からガラスが降ってきてそれを踏みつぶす音に、目の前にいたすべての顔が青ざめた。
 後ろから、唸り声が聞こえる。怒りがそろそろ我慢の限界だ。それもそうだ。こんな酷い目に合わせた奴らは、それ相応痛い目に遭わないと割に合わない。
 目には目を。歯には歯を。

「俺を、楽しませてくれよ」

 せいぜいな。と、付け加えようとした声はボーマンダの雄叫びでかき消される。ゾクゾクするよ、まったくね。