牡丹雪【没②】✱r18 - 2/4

 

 言蝕

 

 

 ミシミシという音が聞こえる。
 屋敷の床をふみしめるたびに、足元から木の匂いが滲んできて、鼻腔をくすぐった。
 足を止めて、ガラス戸に目を向ける。庭には雪が振り積もっていた。分厚い雲のせいで、月明かりすらない。
 真っ黒なガラスには、おれとダイゴの姿が映っている。肩に抱えた彼はぐったりで、おれの目だけが、光を帯びて揺れていた。

「ぅ、……ん……」
「っ……と」

 肩から落ちそうになったダイゴを支えなおして、歩くのを再開した。
 奥の奥。
 たどり着いた自室に入る。襖を後ろ手で閉めてから、敷かれている布団にダイゴの身体をやさしく下ろした。
 くったりとした力のない四肢は、抵抗もなく布団に沈む。寝ているようにも見えるが、まだ、おそろく起きているだろう。呼吸が不規則だったから。
 取り出したマッチで行灯を灯し、香炉に火を分ける。いつもなら香炉の匂いで起き上がるはずのダイゴは、ぴくりともしなかった。
 どうやら相当酒が回っているらしい。
 それもそうだ。じいさんにあんなに飲まされたのだから。

「ダイゴ。……葛湯をもらったんだ。飲んでくれ」

 湯呑みを手にして、傍にしゃがむ。

「う、……ん……」

 おれの声に反応して、赤らんだ顔をこちらに向けるが、目が開いていない。姿を探るように伸ばした手が、おれの袖を掴んだ。

「ッと……」

 クン、と引っ張られて、片膝をつく。手から湯のみが滑り落ちそうになったのを、親指に力を入れて防いだ。それよりも、

「ダイゴ、しっかり」

 おれのうなじに腕を絡めた彼は、抱きついたままだ。その頬を軽く叩く。

「……明日に響くだろ。口、開けて」

 ダイゴは酒癖が悪い方ではないが、これは酷いな。
 酔っ払いに下手に力を入れてしまったら、とても危ない。困った。絡まっている腕を解こうにも、片手は湯呑みで塞がっている。
 どうしたものか、と頭で考えていると、ダイゴが口を耳元に寄せてきた。
 ちゅ、とキスをしてくる。

「さっき」

 柔らかく、静かな声。舌足らずの言い方だった。

「きみは、勝負に水を差した」

 次の言葉は、少し鋭かった。機嫌が悪いらしいことに、そこでやっと気づいた。

「本気だったのに」
「水を差すってなぁ……」

 ダイゴをあぐらの上に座らせて、湯呑みを畳の上に下ろす。それでもダイゴは、おれの首に腕を絡ませて離そうとしない。

「賭けをしてたんだよ」

 その言葉に反応して、鉄瓶を掴もうとした手が止まる。

「……知りたい?」

 追いかけるようにして、ダイゴはおれの手に指を重ねてきた。くるくると、手の甲の血管をなぞるように円を描く。

「ちょっと黙ってろ」

 振りほどき、鉄瓶を持ち上げる。はしたないが、そのまま鉄瓶の口から水を含んで、ダイゴの顎を掴んだ。すぐさまキスをする。

「ん、……ふ……、」

 舌を入れると、口の中は茹だったように熱かった。

「、……む……」

 くちゅ、と、口を封じたままキスを深める。
 ダイゴが水を飲んだのを確認して、ゆっくりと離していった。飲み込みきれなかった水が、唇から零れて顎を伝う。
 行灯の光に焼かれて、ダイゴの白い皮膚も、腫れてぽったりしている唇も、酒で少し赤らんだ頬も、伝っていく水も、橙色が重なっている。
 ダイゴは目だけ俯かせた。

「ねぇ、ワタル。きみ、欲情しているだろ」

 目をとろ、とさせたら、おれをジッと見上げる。

「そのきっかけを、……教えてくれたら」

 ダイゴはおれの手を持ち上げ、

「…………ふッ……」

 優しく触れる程度のキスをした。唇を手の甲にあてて、滑らすように指の付け根に。ちろ、と舌を出して、爪にかけて唾液を含ませて舐めてくる。
 人差し指の腹で押した唇は、やはり、ぽったりしていた。

「臆病にでもなったのかい」

 こちらに向けた目は、行灯の光が滲んでいた。おれの切りそろえたばかりの爪の先を柔く噛む。

「きみらしくも、ないね」

 もう我慢ならないのか、ダイゴはおれを布団に押し倒した。

「いいからはやく、素直になりなよ」

 

 

 ダイゴは、その小さな口を控えめに開けて、自分の人差し指を舐めた。
 おれの上に跨っている彼は、酔っているにしては、動きはしっかりしている。
 腰を軽く浮かせると、指を口から引き抜いて、そのまま着物の隙間に潜らせて、

「うぅ、ん……ん、」

 ぬち、と、音が響く。夜中の静けさに、それはよく聞こえた。

「ん、ぁ……あッ……」

 ダイゴの声が、少しずつ色を帯びて濡れていく。甘く。
 黙ってその様子を見ている。だけれども、やはり酒が相当回ってるらしく、上手く力が入らないらしい。
 指をもどかしく動かしたり、腰がへな、とお腹の上についたり浮かんだりするのを見ると、いてもたってもいられない。
 仰向けに寝そべったまま、右手をダイゴのお腹に伸ばした。着物の上から、脇腹から胸にかけて皮膚をするりとなぞっていけば、ダイゴの身体がびくびくと痺れ、背中をしならせる。
 彼の肩にひっかかっている襟を開いて、めくるように着物を剥がした。すとん、と布が腰に落ちていったのをぼんやり眺めた。

「ダイゴ。……上を脱いで」
「…………」
「脱ぐんだ。暑いだろ」

 顔が真っ赤だ、と、起き上がりながら、胸元、喉仏を過ぎて、頬に指を滑らす。やはり、茹だったように彼の熱はものすごかった。
 指の背で優しく撫でると、

「んッ……」

 ぶるッと、跳ねて、ダイゴが眉をしかめた。
 ダイゴは、おれの膝の上に座り直すと、おずおずと帯を弛めた。

「帯を解け、って言ってるわけじゃない。……分かってるよな」
「……中、は」

 ダイゴは目を逸らした。おれは両手で頬を挟み、こちらを向かせた。

「……見られたくないのか」
「見られたくない、というよりは」

 ぎゅ、と、眉をしかめる彼の顔を堪能する。笑みがこぼれそうだったのを、引き締めた。

「見たくない、の方が近いかな」
「……そうかい」

 おれがその言葉に、とうとう堪えきれず、笑みを浮かべてしまう。
 ダイゴは観念したように、手を下ろした。
 おれが少し前に渡した、丈も裾も合っていない、黒いタートルネックに手をかけて、一気に持ち上げる。
 ばさりと、音を立てて、背中から服が落ちる。行灯に照らされて、真っ白な肌が空気に晒されていた。寒いのか、ぶる、ッとダイゴが震えた。
 つつ、と指を滑らせる。脇腹から、胸元へ、最後には、喉仏を、順に親指で押すと、ダイゴがなんとも言えないような目つきで睨んできた。

「……満足そうだね」

 背中も、うなじも、鎖骨も。
 胸元も、へその周りも、そして、おそらく太ももの内側も。
 ダイゴの白い肌には、染物のように点々と、赤い痕、引っかき傷、噛み跡がこびりついていた。

「綺麗だよ」
「悪趣味」
「何を今更」

 いったい、幾度、きみの口からその言葉を聞いたものか。おれたちが出会ってから、今に至るまで。
 それほど時間が重なってきた証拠だ。
 最初聞いたときは、驚きはしたけれども、ダイゴがおれのことを評価する言葉は、彼だから見えるおれの姿を表している。
 だから今は、特別なもの。だけど、繰り返されるうちに、普通のものになっていた。
 おれも一緒だ。

「きみも、大概のくせにな」

 おれがきみに渡す言葉は、おれにとって見えるダイゴの姿だ。
 おれの背中を見せてやろうか。うなじでも、脇腹でも。きみが噛み付いた跡。引っ掻いた跡。抉った傷。きっとまだ、残っているだろう。
 だけど、それじゃ、まだぬるい。
 それは、きみだって一緒だと、信じたいよ。

「んッ……」

 露になった白い肌。赤い痕を辿りながら、柔らかい皮膚を揉みほぐすように指を滑らせる。脇腹から胸元にかけて撫でると、ダイゴが反応した。すっかり、敏感になってしまった皮膚は、やはり、頬と同じぐらい熱かった。おれの手も、負けないほど熱かった。

「ぅ、……ん、」

 和室の寒さのせいなのか、ぷ、と乳首が硬く芯を持っていた。指で押しつぶすと、ダイゴが腰を引こうとした。逃がさないよう、腕と手を腰にまきつけるようにした。
 やわく乳首を噛む。舌先が軽く触れる程度に舐めて、

「あッ……」

 じゅ、と吸うと、肩を掴んでいたダイゴの爪が着物とおれの皮膚にくい込んだ。
 
「う、ん……ッ……は」
「ッ……く」

 気持ちいいのか、膝の上で軽く腰を揺さぶっている。はやくはやく、と急かすようにも見える。
 ダイゴがたまらなく気持ちよさそうに、甘い声をあげながら、肩に絡めていた手を動かせば、おれの頭を撫でて、指で髪をもてあそぶ。そして、ゆっくりと襟首から手を背中に潜らせていった。
 手は、熱く、指輪は、ひんやりと冷たかった。その感触に、肩がはねる。

「……ふふ、今、びっくりしただろ。いい反応だ」
「指輪が冷たいんだ」

 お互いに向き合って、互いに抱きつくような形のまま、肌を堪能する。

「ワタルの肌は、あったかいなぁ……」

 ちゅ、と、肩口にキスをしてくる。耳もとで頬をすりすりしてきた。

「もっとあつくなってよ」
「これ以上暑くなってもな」

 おれも脱いだ方がいいか。かなり汗が滲んできた。
 着物をはだけようとすると、ダイゴがその手を止めた。

「違うさ」

 ダイゴはそう言って、脇に置きっぱなしだった、残りがほとんどない徳利を掴む。指輪がぶつかって、派手な音を立てた。
 しまった。夕方のものを、片付けるのをすっかり忘れていた。

「もっと、ボクの熱に溺れて」

 日本酒を一気に口に含むと、おれにまた唇を重ねた。
 口の中に流れてきた日本酒も、彼が搦めてきた柔らかい舌も、おそろしいほど熱かった。
 アルコールの芳醇な熱は、いつだって頭に血がのぼる。

「……夢中になって」
 
 ぐら、ときた。