不覚暁に星は輝く✱r18 - 17/34

 船乗り場を出ると喧騒がワッと広がった。歓声が上がる。なんだろうか、と見渡すと、街の中央にそびえる建物。高い位置には大きなモニターがついていた。
 人々がどんどん集まっていく。遠くからなんとなく眺めていると、モニターから透き通る声が響いた。

『ポケモンコーディネーター、そしてルネジムのジムリーダーの経歴を持ち、水のプリンスとも呼ばれる有名なミクリさまですが、ホウエンリーグ現チャンピオンとして大きな活躍がすでに期待されています』

 どうやらリーグ開催期間が近いことから、特集が組まれているらしい。明るいスタジオには一人の女性と、一人の男性が向かい合って座って話していた。
 男性の姿には見覚えがある。祝賀会でダイゴから紹介を受けた、ミクリという男だった。
 司会の女性がゆったりと話し始める。

『前チャンピオンのダイゴさんは、あまりメディアに出ないお方でしたね。公式戦の情報がかなり少なくて』
『ダイゴは、少し変わり者なんです。ポケモンバトルよりどちらかというと石ばかり求めて、ふらふらとどこかへ行ってしまう。それなのに本人はかなり、強い』

 長い指を組んで愛おしそうな顔をした。まるで、いつまでも見守ってきたすべてを思い出すかのように。

『でも、彼のバトルに対する姿勢には、とてつもない輝きを秘めた魅力がある。言葉なんて必要ない。それを、』

 にこ、っと笑いながら、

『今、目の当たりにするでしょう』

 カメラ目線で向けたメッセージはひたすらに純粋で透明だった。その言葉に、周りにいたみながあっけに取られる。
 俺もその一人だった。
 ハ、ッとした司会の女性が慌てて進行を再開した。

『さて、これからみなさんにお見せするのは、ダイゴさんの貴重な防衛戦。引退するまで、メディアに流すことを禁じられた映像を、カット無しでお送りします』

 パッと、大きなスクリーンは映像が切り替わる。大きく開かれた空間には、たった一人の男性が姿勢を真っ直ぐに立っていた。
 他の誰でもない。ダイゴだ。
 やがて男の正面から、一人のチャレンジャーが階段をのぼってきた。挑む目はメラメラと燃えてはいるがかなり緊張しているが分かる。 
 二人をぐるりと囲い込む観客席。みな、息を飲んでその緊迫感を見下ろしていた。
 審判が横から歩いてくる。
 シン、と静まったこの感覚を、俺はよく知っている。
 カメラのアングルが変わった。ダイゴを真っ直ぐに映し出す。まるで、自分がチャレンジャーの立場になったかのような角度に。
 ビリビリッ、と全身が震えた。

『両者、ポケモンを』

 それからのことが音も光も溶けて消えていく。
 あのときを、思い出して。

 

 

「負けること、怖くないんですか」

 誰かが俺に投げた言葉だった。誰だったろうか。一人じゃなかったかもしれない。複数だった気がする。今までに、何度も、何人も。

「どうして、あなたはそんなにも強いんですか」

 そう見上げて聞いた瞳は、なんとも言い表せない悲しみだとか、苦しみだとかを秘めていた。

「あなたの高みが理解できない。どうして、そんなにも平気な顔をしていられるんですか」

 泣きそうな顔だった。俺は、見下ろしていた。その顔を。かなり近いはずなのに、遠くから。

「あなたをいつまでも追いかけていたい。それなのに」

 そう言って踵を返し、どこかへと去っていく人々を俺は何度も見てきた。壊れてしまったラジオのように、音を繰り返して、何度も、何度も。
 もし、自分の好きな瞬間が、儚げにも終わってしまう未来が突然訪れたとき、人は、どうなってしまうのだろうか。
 泣くのか、喚くのか、怒るのか、絶望するのか。  
 きっとそれがまともで普通で、ごくごく当たり前の反応だ。

──ひさかたの 光のどけき 春の日の
 しづ心なく 花の散るらむ

 俺はそのどれにも当てはまらなかった。だけど、悲観することは無い。
 なぜならば──

 

 

『おぉーッと! ここで! チャレンジャーのラグラージが繰り出した《じしん》がッ、チャンピオンダイゴの相棒の身を歪める! すかさず《マッドショット》! 回避を許さない華麗さ! なんという怒涛の攻撃ーッ!』

 ドン、と、肩に誰かぶつかった。バトルの映像に興奮したのか、負けるなー!と叫んだ若いトレーナーが、俺の横を通り過ぎて、モニターの方へ走っていった。
 見上げた。モニターの映像は上下に激しく揺れていて、ぱっくりと地面が割れていた。砂埃が舞っていて、ダイゴの姿も、彼のポケモンも、チャレンジャーの姿も見えない。
 ジワ、とした。周りも息を飲んでいる。あからさまに、ダイゴの方が不利に回っていた。
 隣にいた女性は手をぎゅっと握りしめて見上げていた。前にいた子どもは、泣きそうになっていた。斜め後ろにいた男性が、少し、モニターがある建物に近づこうと身じろいだ
 みんな、ダイゴを探している。ダイゴの行く末を。血眼になって。

『これはかなり効いたはずだーッ! ダイゴッ、追い詰められたかッ?!』

 砂埃が左右に割れる。勢いよく。その先にいた男の姿を見て確信した。
 カメラのアングルが変わる。ダイゴの顔が、明るみになって、そして彼は──

『いいね』

 たった一言、そう零して笑っている。
 不敵に。自信満々に。そして、楽しげに。勝負のすべてが、彼のすべてを語っている。
 言葉にしなくても伝わってきた。俺の心に、脳に、直接に。
 彼は、恐れていない。
 負けることも、終わることも、なにもかも。
 すべて、光に満ちていた姿は、
 まさ、しく。

「……完成された、原石の末だ」

 誰かがそう言ってダイゴを評価した。
 彼は、もう相棒の様子を見ることも無く目は爛々として獲物をとらえていた。
 キラキラと、パチパチと。
 彼の全身から溢れる光は光とぶつかって、大きな火花を散らした。散らした熱は、俺の眼に落ちる。
 目が、グワッと熱くなった。

『いけッ!』

 目を奪われた。目が離せなかった。
 きみは、ここまで輝くことができるのか。
 その、迷いなき強さ。揺るぎない勝利への確信。
 強き男の真っ直ぐな目を見て。
 きみへの気持ちすべてが、真っ白に染まる。あぁ。その姿は、背筋は、眼は。まさに。
 心配など、誰もがする必要のない。

『ッラグラージ! 避け──』

 もう、意味の無いことだった。少しでも隙を許せば、あの男の前では意味が無い。
 次の瞬間には、相手の切り札が身を崩した。深く息を飲んだのは周りにいたすべてだ。
 モニターの先の観客も、俺の周りの観客も。審判も、空気でさえも。
 きみに釘つけでビリビリと震えた。
 実況者がハッ、と思い出したように息を吸う。

『……ッチャンピオンダイゴーッ! 防衛戦を見事! 守り抜きましたッ!』

 その言葉を皮切りに空気が震えるほどの歓声と拍手が湧き上がる。
 テレビからも、俺の周りも、釘付けになっていた歓声が渦を巻いて轟く。熱気となって、きみは、話題の中心をかっさらっていった。
 ダイゴは、きみは、最後まで笑っていた。

『言ったでしょうみなさん。ダイゴは──』

 映像は切り替わった。スタジオの映像に。
 その答えを聞く前に、足は自然と動いていた。船乗り場から離れて、海の方へ。人々が、モニターの元へ行く方向とは真逆に、逆らうように俺は、海へ向かう。
 きみと初めて対峙し、会話し、言葉を通じ合わせようと俺に語りかけた場所。
 共有したいと、嘘偽りなく本心をこぼした境界に立ち止まって。
 波の音が聞こえる。人の喧騒を振り払って。
 潮の匂いが漂う。コーヒーの匂いは、しない。
 ホウエンの美しい海が、ただ、目の前に広がっていた。

──少し、変わり者なんです