荷物を抱え、浅瀬のほら穴からふらふらとお互いに身体を支えながら出ると、外は夜明け直前。
海の向こうには太陽の頭だけが波からのぞいていた。空気はまだ夜の冷たさが残るが、それでも洞窟よりもいささか暖かい。完全に感覚が麻痺している証拠にため息も出なかった。
ポケモンセンターではギョッとされた。早朝に服がボロボロで顔が真っ青な成人男性二人がのっそりやってくれば、さすがに怖がられる。
包帯を交換して、手持ちを迎えた俺をダイゴは家に誘ってきた。民宿よりも勝手がきくし近いからと。
食事もろくに取らずに半日も閉塞空間にこもっていたわけで、とっくに正常な判断もできないぐらい体力も精神も擦りきっていたのは、どうやらお互いさまらしい。
普通の人は、普通、死ぬんだよ、と、不吉な言葉をかけておきながらも、ダイゴはそんな異常な俺と、自分が生き残っている事実にこれ以上なく楽しんでいたことに、俺は改めて彼は怖い男だ、と思った。
「イッ……たい」
「固いな」
軽くシャワーを浴び胃を軽食で詰め込んだあと柔軟を始めた俺の背中に忍び寄って、不思議そうに見ていた彼に、きみもやったほうがいいよ、と助言すると、やったことがないから分からないと返して、沈黙。
きょとん、とした彼を引っ張って、座らせた。両足をまっすぐ伸ばした体勢で、背中を押す。彼の背中がピシ、と止まったそのろくに曲がらない角度は、彼の年齢にしては平均値にも到底満たしていない。おぞましく骨は固く、筋も固い事実に顔を引きつらせた。
ダイゴがうめいた。
「すごく、痛い」
「……木の骨か?」
まだ木の方がしなるな、と心の中で訂正した。
「そこまで言うかな?」
「怪我が多くなる原因のひとつは、柔軟性が足りていないことにある」
「…………」
「あと食事。きみの家の冷蔵庫。何もないね」
「最近家に帰ってなかったから……腐るし」
もういい、もういいよ、とダイゴは床を叩いて、背中を押す俺の手にやめさせるようにと言い始めた。大人しく手を離すと、気持ちよさそうに伸びをする。
「昨夜も思ったが、」
「え、昨夜?」
ゴロン、と無抵抗の身体を床に転がした。仰向けにして右の太ももを掴む。
「ほら、」
ぐい、と、膝を折り曲げないよう固定させながら、両手を使ってそのまま胸に引き寄せる。
股の間に俺の身体を挟ませて、見下ろすこの体勢。ダイゴは思い出したのか、言っている意味が分かったのか、顔を真っ赤にさせた。
「なッ……いっッ!!」
ビクッ!と身体を跳ねて、ぎゅぅ、と目を瞑った。痛いだろう。 股関節が固いと股の付け根はメキメキに軋む。
さらに太ももを胸に密着させるように折りたたもうとすると、ダイゴがますます悲鳴をあげた。情けない悲鳴だ。情緒もへったくれもなく色気もない。
「日常生活にも、危険は伴う」
「え、っちするときは、違くない、かな」
固い筋を恨むように声をうならせた。
「太ももの裏筋が伸びるだろ? 慣れれば、気持ちいい」
「きもち、い……」
「いやらしいこと考えてるね、」
「ち、がうけど」
「そういえば、後ろからのほうが、お気に召していたようで」
くす、と笑うとダイゴが耳たぶを赤らめた。
「きみってそういうことを朝から言えるんだ」
ところでそろそろ離してくれない、と言ったから、もっと深く密着させるとダイゴがますます不機嫌になってとうとう怒った。耳たぶから頬まで真っ赤になる。湯気が出てきそうだ。
「離してよ」
「柔軟の意味がない」
「ねぇ、楽しんでるよね。すごく楽しそう」
さらに、深く深く、太ももを密着させて抵抗する手をねじ伏せれば。いつの間にか顔同士も密着しそうになる。
バチ、と、目と目が合う。
「……ッ!」
後ずさったその腕を掴むとダイゴは目をしどろもどろさせた。また逃げようとする。
「どうして、逃げるんだ」
「逃げている、わけでは」
ダンッ!と、太ももを離した手で少し乱暴にダイゴを床に押しつけた。
「ぅ……ふ……」
何か言う前にその声を唇で塞ぐ。
「ぁ……、ん、……ん、ぅ」
熱は、昨夜のものが残っている。
「……ん、急に……どう、したの」
「もの欲しげな目だったから」
「……」
「少しは、ほぐれただろう?」
身体も心も。筋はほろほろと。
ムッとしたダイゴは俺の体を引き剥がした。
「きみって、つよい相手を見るとねじ伏せたくなる性質、……ん……ッ」
ぐい、と逃げようとした腕を引き寄せてもう一度キスをする。今度はさっきよりもっと深く。
「ちょっ……と、ワタ……んっ……」
「…………」
とろ、としてきたのは唾液だけではない。きみも丸ごと溶けるまで俺は彼を押さえつけた。少しずつ、暴れてきた身体の節を少しずつ縛った。
「ん、……っ……ふ……」
股の間に俺の足を滑らせて。太ももには俺の太ももを。片方の腕、手、指に絡めて、手でおさえつける。
床に縫いつけるように少しずつ。ダイゴを動けなくなるようにした。胸ぐらを掴んで唇だけを引きあげた。もう一度、深く、角度を変えてキスをする。
「ぅ、……ふ……ッ……」
あと、少し。次第に薄ら開けて耐えようとする目はまつ毛を揺らしてとろけてきた。それもそうだ。それだけのことを、俺たちはもうしてしまった。忘れるなんて到底できない。
俺も、きみも。
だけど彼は振り払った。
「言いたいのはッ、」
ダイゴはもう一度俺を引き離して起き上がる。発揮したとんでもない力に負けた俺は、トン、と、尻もちをついた。ダイゴは掴まれた胸ぐらと襟元を正しながら、身につけることを忘れっぱなしであったスカーフを手に取った。
息は、絶え絶えだった。キスマークすらついていないその肌は綺麗に隠される。
「ボクも、だ、ってことで」
「つまり」
「キスじゃないんだ、こういうときは。きみもそれは、知ってるだろう」
起き上がってテーブルへ。ダイゴが手に取ったのはひとつのモンスターボール。
「外にでよう」
